社会を蝕む詐欺から身を守るために:「実例公開」が名誉毀損に問われない境界線

1. 啓蒙活動と名誉毀損リスクのバランス

近年、巧妙化する詐欺事犯から一般消費者を守るための啓蒙活動は、極めて重要です。しかし、具体的な手口や犯人の実例を公表することは、「あの人が詐欺をした」という名誉毀損のリスクと常に隣り合わせです。

民法上、他人の名誉を傷つける行為は不法行為となり、行為者は損害賠償責任を負います(民法709条)。一方で、表現の自由の保障と公益性の観点から、情報発信の目的や内容によっては、責任が免除される仕組み(抗弁)が認められています。

詐欺防止のための「実例の公開」が名誉毀損にならないと認められるには、次の3つの要件を満たすことが前提となります。

  1. 公共の利害に関する事実(公共性):詐欺被害の防止は社会全体の利益に関わる。
  2. もっぱら公益を図る目的(公益目的):個人の感情ではなく、被害防止のためである。

そして、これらの前提のもと、摘示した事実(「例えば、木村勝明という人物が、いかなる手口でリモートカフェバー加盟店詐欺を行ったか」)について、以下のいずれかの条件を満たす必要があります。

  1. 真実であることの証明(真実性の抗弁)
  2. 真実と信じるに足る相当な理由があること(相当性の抗弁)

本稿では、このうち最も実務上重要な指針となる、「真実と信じるに足る相当な理由」の法理、すなわち相当性の抗弁に焦点を当てます。

2. 最高裁平成9年9月9日判決が示す「相当性の抗弁」

名誉毀損訴訟における重要な判例の一つに、最高裁平成9年9月9日判決があります。この判決は、事実の摘示による名誉毀損について、たとえその事実が最終的に真実であると証明されなかったとしても、

「その行為者においてその事実を真実と信ずるについて相当の理由があるときには、右行為には故意もしくは過失がなく、結局、不法行為は成立しないものと解するのが相当である」

と判示しました。

これは、事実の摘示が公共性と公益目的の下で行われた場合、情報発信者が「真実だと信じたこと」に合理的な根拠があれば、過失がないとして不法行為責任を免除する、という法理を明確にしたものです。この法理を相当性の抗弁と呼びます。

この判決は、表現の自由、特に報道・情報発信の自由を広く保護する上で極めて重要な意味を持ちます。なぜなら、真実性の証明は非常に困難を伴う場合があるからです。厳格な「真実性の証明」が必須となれば、情報発信者は萎縮し、公共性の高い情報であっても社会に提供されなくなってしまいます。

3. 「相当な理由」とは具体的に何を意味するか?

それでは、「真実と信ずるに足る相当な理由」とは、詐欺防止のための啓蒙活動において具体的にどのような行為を指すのでしょうか。

「相当な理由」の有無は、情報発信者が摘示した事実を真実であると判断するに至った当時の資料、情報源、調査の状況、および確認の努力といった具体的な状況を総合的に考慮して判断されます。

詐欺事犯の実例を公表する際に、情報発信者が講じるべき「相当な理由」を裏付ける措置には、次のようなものが考えられます。

措置(=相当な理由を裏付ける根拠) 具体的な内容
信頼できる情報源の確保 刑事裁判の判決文、警察や消費者庁の公式発表、信頼性の高い報道機関の情報を主な情報源とする。匿名の情報やインターネット上の噂のみに依拠しない。
証拠資料の確認 犯行を裏付ける契約書、金銭の振込記録、録音記録、被害者の具体的な証言(複数)など、客観的な証拠資料を精査する。
当事者への確認 可能であれば、告発された犯人とされる人物関係者に対して反論の機会を与えたり、事実関係を確認する試みを行う。
情報の重要性の検討 摘示する事実(例:犯人の氏名や顔写真)が、被害防止の目的にとって不可欠であり、不必要なプライバシー侵害に至らないよう配慮する。

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