1.「愛」と「信頼」を人質にする長期戦の罠
近年、SNSやマッチングアプリをきっかけとした「SNS型ロマンス詐欺」や「SNS型投資詐欺」が社会問題となっています。これらの詐欺は、数週間から数ヶ月かけてじっくりと信頼関係(あるいは恋愛感情)を築き、最終的に多額の資金を奪い取るのが特徴です。
かつて、こうした詐欺の受け皿は「銀行振込」が主流でした。しかし現在、詐欺師たちは執拗に「PayPay」や「LINE Pay」といったコードレス決済アプリを通じた送金を要求してきます。なぜ彼らは、あえて少額ずつしか送れない決済アプリを好むのでしょうか。そこには、追跡を逃れ、被害者を「共犯者」へと変えてしまう、極めて邪悪な計算があります。
2.詐欺師が「アプリ送金」に固執する4つの理由
数千万単位の被害が出ることもある投資・ロマンス詐欺において、1日の送金限度額がある決済アプリは一見不便に思えます。しかし、詐欺師にとってはそれを補って余りあるメリットがあります。
(1) 「銀行の監視網」をかいくぐる
銀行振込の場合、短期間に不自然な高額振込が繰り返されると、銀行のシステムが「不正利用」として検知し、口座を凍結することがあります。一方、決済アプリでの「個人間送金」は、日常的なやり取りに紛れやすく、監視の目を盗みやすいのです。
(2) 追跡を断ち切る「多段階送金」
奪った残高を、さらに別の複数のアカウントへ「送金」機能で分散させます。銀行口座と違い、アプリのアカウントは「闇バイト」などで集めた他人名義のスマホで大量に作成されているため、警察が1つのアカウントを特定しても、その先の資金を追うのは至難の業です。
(3) 「マネーライト」による資金洗浄(マネーロンダリング)
現金化できない「マネーライト」などの残高であっても、詐欺師は気にしません。それらを使ってAmazonギフト券やApple Gift Cardなどの「デジタルギフト」を購入し、転売サイトで現金化することで、完全に足跡を消してしまいます。
(4) 心理的ハードルの「細分化」
一度に100万円を振り込むのは抵抗があっても、「今日はアプリで3万円、明日は5万円」と繰り返させることで、被害者の金銭感覚を麻痺させます。これは「フット・イン・ザ・ドア」と呼ばれる心理テクニックで、小さな要求を積み重ねることで、最終的に巨額の被害へと繋げます。
3.【実例】「将来のため」にアプリ送金を繰り返した40代女性
マッチングアプリで海外在住の日本人投資家を名乗る男と知り合ったNさんの事例です。
詐欺のプロセス:
信頼構築: 毎日数時間のチャットを1ヶ月続け、将来の結婚を約束。男は「二人の結婚資金のために、僕がやっているFXで稼ごう」と持ちかけました。
アプリ送金の指示: 男は「正規のルートだと税金が高い。僕が使っている特別な決済ルート(実はただの個人アカウント)にPayPayで送金してくれれば、僕の口座で運用する」と言いました。
少額からの開始: 最初は3万円。アプリ上の偽の運用画面では、翌日には3万5千円に増えていました。Nさんは喜び、毎日限度額いっぱいの送金を繰り返すようになりました。
引き出しの拒否: 3ヶ月後、残高が500万円を超えたため引き出そうとすると、「手数料としてさらに100万円をアプリで送れ」と要求。不審に思ったNさんが拒否すると、男とは連絡が取れなくなりました。
教訓: 「投資代金を決済アプリの送金機能で支払う」という仕組みは、この世に存在しません。それは単に相手に現金をプレゼントしているのと同じです。
4.ロマンス・投資詐欺の「コードレス決済」レッドフラッグ
相手が以下のような指示を出してきたら、それは100%詐欺です。
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「指定するQRコードを読み取って送金してほしい」 → 相手の個人アカウントに直接現金を送るだけの行為です。
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「コンビニで残高をチャージして、そのスクリーンショットを送って」 → バーコードや認証コードを盗み取るための前段階です。
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「税金や手数料の支払いにPayPayを使って」 → 税務署や金融機関が決済アプリの個人送金で税金を徴収することはありません。
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「送金設定を『自動(定期送金)』にしてほしい」 → 被害者が気づかないうちに、継続的に資産を吸い上げる悪質な手口です。
5.なぜ「一度送ると取り戻せない」のか?
銀行振込であれば、被害届を出して「振り込め詐欺救済法」に基づき、凍結された口座の残高から分配金を受け取れる可能性があります。しかし、決済アプリの「個人間送金」は法律上の扱いが異なります。
多くの決済アプリの運営会社は、利用規約で「見知らぬ第三者への送金」を推奨しておらず、トラブルが起きても「自己責任(規約違反)」として補償の対象外にするケースがほとんどです。詐欺師はこの「法の空白地帯」を熟知して、あえてアプリ送金を選んでいるのです。
6.被害を最小限に抑えるための「勇気ある撤退」
もし、今まさに誰かにアプリ送金を続けている、あるいは「手数料を払えば引き出せる」と言われているなら、以下の行動を直ちにとってください。
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追加送金を絶対に止める: 「あと少し払えば取り戻せる」という考えは、詐欺師の思うツボです。傷口を広げるだけです。
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やり取りの「全スクリーンショット」を撮る: 相手のプロフィール、送金先のアカウント名、URL、会話の内容をすべて保存してください。
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決済アプリ運営と警察に通報: アプリ内の「通報」機能だけでなく、警察の「#9110」へ相談してください。
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「洗脳」を解くために、第三者に話す: 詐欺師はあなたを孤立させようとします。信頼できる友人や家族にすべてを話し、客観的な視点を取り戻してください。
おわりに
ロマンス詐欺や投資詐欺は、金銭だけでなく「心」まで破壊する卑劣な犯罪です。決済アプリの便利さが、その破壊のスピードを速めています。
「投資や公的な支払いに、個人間送金は使わない」
この一線を守るだけで、あなたは人生を狂わせる巨大な罠から身を守ることができます。次回は、より物理的・技術的なリスクである「不正利用のメカニズム:スマホを紛失・盗難された際に起きる最悪のシナリオ」について解説します。